人物紹介


略歴

1989 日本の大阪府で次男として出生。
1992 神奈川県に移り住む。
1995 オーストリアのウィーンに移住。
  様々な宗教、音楽、美術に触れる。
1998 インドのムンバイに移住。
  貧富の差を目の当たりにする。
2001 アメリカのニューヨークに移住。
  アメリカ同時多発テロで友人を失う。
2004 日本に帰国し、以降日本を拠点に生活を開始。
  この時点で世界40か国を回っている。
2007 中央大学商学部金融学科に入学。
2010 評価経済社会を発案。「無貨幣社会」の論文を発表。
2011 東日本大震災を受け就職を辞退、大学を卒業後に被災地を支援する事業を立ち上げる。
2014 小中学生向けの学習塾を経営。
2018 新型ドローンの特許を取得。
  AI事業に携わる。
2019 新党「ゼロの会」を立ち上げ入党。
  「無所属・ゼロの会」に党名を変更し国分寺市市議会議員に出馬。
2020 オンライン教育の事業を立ち上げる。

エピソード

政界進出

 山中光平が政界に進出する際に、多くの妨害行為が行われていたことが確認されている。当時公明党の市議会議員だったなおの克議員には、虚偽の報告で警察を呼ばれ、措置入院をさせられそうになったこともあった。当時、山中光平は政治の不正、不平等を是正する政策を掲げており、宗教団体の政治への介入も改善すべきだと訴えていた。そのため、創価学会を支持母体とする公明党員からの嫌がらせは後を絶たなかった。

 市政まで腐敗した日本政治を正したいと出馬した2019年の市議会議員選挙の際も、選挙前に公明党の支持母体組織のメンバー3人に半日監禁され、出馬を取りやめるように脅迫された。監禁後も執拗な嫌がらせを受けており、当時のLINEには「君は立候補取りやめ、公明党に投票しろ」とのメッセージも確認されている。

 また、彼が今まで利用していた美容院も、たまたま公明党の支持母体だったため入店拒否をされるまでに至った。ただ、あくまで彼は公明党やその支持母体を批判せず、友好関係を築き共に日本を良くしていこうという姿勢を見せている。

既得権益者からの弾圧

 山中光平の主要な政策として、ベーシックインカム制度の導入があげられる。具体的に、彼は不正受給がなくならない生活保護制度を廃止し、国民全員に一律給付することを推奨している。ただし、平等な社会制度になっては困る富裕層や、既得権益を得ている支配者層からの反感を買い、弾圧を受け続けている。

 国分寺青年会議所による明らかな弾圧行為が確認されている。国分寺青年会議所には多くの飲食店経営者や弁護士、政治家が所属しているため、彼ら富裕層や一部経営者に不利益になる政策を打ち出す山中光平に対しては冷遇することとなった。選挙期間中にまともに選挙活動をしていない現職の議員が、国分寺青年会議所と密な関係を築いているだけで当選している。また、同組織に所属していた山中光平には選挙期間中に陣中見舞いを送らず、所属する彼らメンバーに有意な不平等政策を打ち出す現職の議員には陣中見舞いを送るなど、歴然とした扱いの違いを見せている。

東日本大震災時の事業立ち上げ

 山中光平が大学を卒業する間近、東日本大震災が起き、日本で多くの被害、死者を出す事態が起きた。彼はすぐに就職を取りやめ、被災地の支援をする事業を立ち上げている。具体的には被災地の特産品や商品を海外に売り、その売り上げを被災地支援に充てるとうものである。

特許権の放棄

 新型コロナウイルス感染の問題が起きてから、山中光平は所有している特許権を放棄し、すべての人が無料でその技術や知識を利用できるように公開している。

新型コロナウイルス感染拡大の予言

 新型コロナウイルス感染拡大が問題になる前の2019年9月頃から、彼はウイルスが世界的に感染拡大することになると発言、また書き残していることがわかっている。2019年4月の選挙活動中の演説の中でも「未知の病気が蔓延したときに、無理に働かなくても良いように今のうちにベーシックインカム制度を浸透させておきたい」という趣旨の発言が記録として残っている。

 2019年10月には、彼はカラオケ店の社員に就職しており、度々、感染対策をするようにと責任者や上司に持ち掛けている。新型コロナウイルスがまったく世に出ていない時期のことであるが、カラオケなどにはまったく縁のない彼が突然就職したことから、何かを知っていたとみられるが、なぜそのようなことが可能だったかはわかっていない。

不可解な警察による捜査

 選挙後、彼の活動や政策が知られるようになると、警察からも不可解な操作を受けるようになる。例えば、彼の元交際相手から暴行を受けたという虚偽の報告があり、彼は警察に不当に拘束されている。その際に彼は、虚偽の報告をするように強制されている。実際に、彼は正当防衛を主張する旨の内容を記述した宣誓書を書いたが、書き直しを強要されている。現在ネット上でこれについての警察の不正を訴える著名活動が始まっている。

選挙違反の黙認

 山中が市議会議員選挙に出馬した際、共産党員による選挙違反が発覚した。それは、選挙期間中に証書シールの貼られた選挙ビラを共産党の立候補者がポスト投函したというものであるが、明らかな選挙違反であるにもっ変わらず、選挙管理委員と警察は黙認している。また、それについて確認した山中は以下のような内容を選挙管理員から通告されている。「これは明らかな選挙違反だが、あとは警察が判断することである。ただし、もし山中さんが同じことをしたら選挙違反として落選が確実になる」。つまり、実際にポスト投函をした共産党員は警察が判断するが、山中光平が同じことを行った場合は警察の判断を待たずに違反とするとのことである。最終的に、その共産党立候補者は選挙違反とならずに当選している。

人物

仕事に対する姿勢

 間違いだと思ったことをすることができない性格で、会社では不正を行うような指示には、たとえ他の全社員が行っていることでも従わなかった。そのため、彼は社内では決して昇進することはできなかったようである。それどころか、最終的には会社を自主退社するように追いやられている。

 オフのときは非常に気が抜けているが、仕事に関しては別人のように取り組んでいた。一方で仕事が終わった後は仕事のことは一切語らないところがあり、同窓会で友人が会社の愚痴をこぼしている中で、彼一人だけ一言も話さず帰った話は関係者の中では有名な話となっている。どの同窓会でも愚痴の話には参加しなかったため、次第に彼は同窓会に呼ばれなくなったとのことである。

愛猫家

 無類の猫好きであり、街中を歩いてけがをした猫の手当てや、子猫に餌を与えている姿が目撃されている。また、不思議なことに猫には好かれるようで、猫の方から近づいてくることがたびたびある。彼の飼っていた猫のリオンは、保健所で安楽死される1日前に引き取った猫であり、生涯を通して愛していた。